萌木の村 村民かわら版

八ヶ岳・清里高原「萌木の村」のスタッフが綴る季節ごとの村の表情や、個性あふれる各店舗のあれこれです。
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マンスリー上次さん 11月号

  私たちは今、萌木の村の小さな尾根(小山)の所に室(トンネル)のような穴を掘っています。勿論、人力で手作業です。昨年から作業を始め、今回また再開しました。一鍬一鍬、土を掘って行きます。粘土層の地下の土は固く、一日作業をしても1m位しか進みません。横穴を掘り、小さな室を作り、そこにワインやウィスキー、そして私共のアルコール度数の高いロックボックのビールも保存し寝かします。夏も冬もその中は14度前後です。そこで寝かされたワインやウィスキー、ビールが熟成される事を夢見ています。
 131030-2.jpgこの穴を掘って思う事は、この時代、何でもかんでも効率化ばかり求めた為に、人の力による作業が全て機械化されどこでも同じ物ばかりしか出来なくなりました。私たちのような清里に住む人たちは自然と向き合いながらこつこつと手作業で共生していかなければいけないのではないか。今私たちのしている事は現代社会の中では非常に馬鹿げた事のように思われますが、実はこの作業を通して多くの事を学び、考える力を、私たちは手に入れました。
機械を使って作業をする事は人にとっては効率的かもしれません。でもそれでは"味わい"はありません。私たちの作っているこの穴はとっても素敵になります。
 清里の自然景観は、私の子供の頃はとっても美しく今よりも素敵でした。何故かと言うと、石油も電気も今とは違いました。そのため生活は森の木材を燃料として使っていました。炭も木から作っていました。林は人の手が入っているため、今はうっそうとしていますが、太陽の光が地上に恵みを与えていました。山野草が咲き乱れ、スズランが群れている所もいっぱいありました。今その場所はクマザサで覆われています。開拓者が入植した頃この地は、松のクマザサに覆われていたと言われています。そこを開拓して畑を作り、森の木の恵みで冬の厳しい寒さを耐えて生きてきました。
清里の萌木の村の景観を考えた時、森と木に関わる仕組みを作らないと、人はいつか手を抜きます。例えば、私たちのホテルのレストランには石油ストーブが2台、薪ストーブが2台あります。私は寒さから暖房が必要な時にはまず薪ストーブから。そして足りない時には石油ストーブと決めていますが、時々薪が用意されていなく、石油ストーブで部屋を暖めています。石油ストーブがそこにあるから・・・、取ってしまって暖炉とか薪ストーブだけしかなければ、薪で暖をとるしかありません。その為にはそこの木を切り薪を作るのか。
皆様にはぜひ木の燃える、そんな中で食事とお酒、そして語らいをしてもらいたい。
必然な仕組みを作る事が大事だと思います。私は今ここだけ、この時だけ、という"物"、"事"づくりをこの萌木の村で提供していこうと考え、その追求をしていこうと思っています。
 年内にこの穴は出来る予定です。楽しみにしていて下さい。
上次さんの気持ち
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