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マンスリー上次さん3月号

TOPICS | 20.03.01

萌木の村の庭づくりを始めて40年、いろいろやってきました。ハーブガーデン、ローズガーデン、ナチュラルガーデン、コニファーガーデン、キッチンガーデンなどなど。今、それらの面影はどこにもありません。

 

9年前にポール・スミザーさんに出会い「八ヶ岳の自然を活かした、ここにしかない庭を作ろう」という考えのもと新しい挑戦が始まりました。私は中途半端に多くのガーデンのプロの方々から、その時々でそれぞれの考えを学んできましたから「ポール・スミザーさんの言うことには無理がある」「イギリスでは通用するが日本では無理だ」と何度も対立しました。しかし現実にポール・スミザーさんと作業を進めていく中で「彼の言っていたことはこういうことだったんだ」という植物のあり方を見せられると、自分の間違えに気付き皆様にもこのことを伝えたいと思うようになりました。萌木の村は土の中の微生物、昆虫、蝶、野鳥、山野草にとって非常に居心地の良い場所になったようです。萌木の村の空気は人が関わる空間の中では日本一で、人にとっても他の生命体にとっても非常に美味しいのではないでしょうか。人間は汚染された空気でも生きていかれますが、蝶は敏感ですからきれいな空気のところでないと生きていかれません。だから森や自然の豊かな場所に集まるのです。農薬がたくさん散布された野菜畑には近寄らないのです。人間よりはるかに敏感できれいな空気を見分けるのです。そんな蝶や幼虫を野鳥が食べて自然の中で命の循環が行われています。その中の一部に我々人間も関わらせてもらっています。我々人間は地球上の生命体のひとつに過ぎないはずなのに、いつからこれほどまで思い上がってしまったのでしょうね。萌木の村の中で生活していると今の日本や世界で起こっていることが、多くの人が見ているものと違う見方が私の中で生まれてきています。うまくそのことを伝えることができません。

 

私も萌木の村も間違いだらけの生き方をしてきました。そして今もしています。しかしそんな中でも皆様にも気付いてもらえるような萌木の村にしていきたいと思う今日この頃です。23歳でROCKをオープンして今日まで、現在71歳。間違いを積み重ねてきている現実があるわけですから、理想の姿を作るのには時間と労力とお金が必要になると思います。しかし、先人たちから受け継いた持ち前の開拓魂でひるむことなく挑戦していきます。

 

※最近石垣積みの作業などを手伝っているとよく思うのです。「あれ?今やっていることは自分たちが幼少の頃ポール・ラッシュ先生が築いた清里農村センターの原風景ではないか」と。今でも清泉寮に続く所々にその面影が残っています。私が幼少の頃の聖アンデレ教会の周りは山野草ガーデンでした。特にスズラン畑は見事でした。清泉寮の周りはツツジと山野草が咲き乱れていました。森は生活のための燃料を確保するところでした。ストーブの薪を確保し、冬には炭を焼いて備蓄炭にします。自然とヒトは共存し助け合って生きていました。清里は素敵な里山でした。私達は前に進んでいると思っていたら、宝物をいっぱい失っていました。

 

萌木の村村長  舩木上次