マンスリー上次さん7月号号外
TOPICS | 16.07.20
私が物心ついた頃の清里、私が育ったKEEP協会(今の清泉寮や実験農場がある場所)の当時の状況は、家は小さなほったて小屋、風呂はドラム缶風呂、水道はなく井戸水、暖房はだるまストーブ、電灯はあったがテレビなどはない、幼稚園や保育園もなかったので、小学校に行くまでは牛や豚や羊と遊んで育った、そんな環境だったような気がします。ポール・ラッシュ先生がアメリカから帰ってきて清里にいる時は、毎週日曜日教会の礼拝のあと、ポール先生の自宅に一緒に行き、庭の掃除や子供でもできる仕事をしてチョコレートやキャンディーをもらうのが楽しみでした。そんな子供時代を過ごした私も、もういい歳になりました。この60年間の進歩、変わり様はいったいなんなんだと思います。歴史を見ても、この100年の変化は人類誕生以来の急激な変化です。前へ前へとがむしゃらに進む哀れな人たち、そして多くの物を手に入れたと錯覚する私たち。失った物の大きさになぜ気がつかないのだろう。私は経営者としてはあまり有能ではありません、というより、経営者としての能力を持っていないと自分では思っています。でも40年間会社を継続させて来られたのは周りの人たちに恵まれていたのだと思います。そして益々思うことは、人生は一度だけ、すべての人がこの世に生まれてきて、人のために役立つ仕事ができて良かったと思えるような人生を送れたら幸せだと思うのです。私はそのキーワードが“感動”だと思っています。
この私の文章を読んで下さっている皆様にお願いがあります。人間何かを求めて努力している姿はスポーツでも芸術でも素晴らしいものです。今回27回目を迎える清里フィールドバレエですが、まさにそのことを実感させられます。その素晴らしさを五感で体感していただきたいのです。27回目のフィールドバレエは来年見ることはできません。今年は今回のみ。第一回から続けてみていただいている方々がいますが、その人達の人生はとても豊かです。今回からでも遅くありません、見て下さい。清里フィールドバレエは来て見ていただかないと言葉では説明しきれません。すべてを伝えることは難しいのです。
なぜこのようなお願いをするかというと、このバレエ公演を50年後、100年後まで続けて行かれる実力をつけたいのです。私が実行委員長をしている間はどんなことが起きても続けられると思いますが、その後のことが問題です。皆さんはじめ多くの人に支えられない限り続けることはできないでしょう。経済的なこと、野外のリスク、毎回毎回舞台を作り、そして取り壊すという大作業、ダンサーはじめ80人のスタッフの宿泊の確保等々、本当にゼロから作り出す多くの準備作業、それがあるから意義と感動があるのですが、継続させていくにはもっと実力をつけなければと思うのです。清里の夏の夜にはフィールドバレエが必要だと思っていただけるような大事なイベントに仕上げたいのです。
「地域活性化」や「まちづくり」で志をもった多くの方々が私のところを訪ねて下さいます。その時私は必ず質問します。「地域づくりとは、まちづくりとはいったい何ですか?何のために地域を活性化させなければいけないのですか?」と。30年前清里はブームの渦中にありました。第2の軽井沢ともてはやされた時です。土地の価格は跳ね上がり、清里駅前にお土産物屋さんが乱立し、お客様が殺到しました。銀行の支店が2店舗、コンビニが2店舗、スーパーマーケットが4軒、民宿40軒、ペンションは150軒ありました。ところが現在では銀行の支店は両方閉鎖、スーパーマーケットは全部店じまい、地元資本の民宿はわずか、ペンションも50軒を数えるのみです。コンビニはかろうじて1軒営業しています。そんな経験から思うことは、経済的に活性化しても、地域が、そしてそこに住む住民の“民度”(人々の質のことです)が上がらなければ、一時的な高揚でしかない、まもなく急激な落ち込みがやってきます。民度とは文化度、風です。その街に吹いている風土、風味、風習、風景、それらが集まって”風格”になると言っても良いと思います。その土地に住む人達の誇りです。そうです、清里の風格を築いて行く上で重要な要素となるのが清里フィールドバレエなのです。「ローカル・ローカル」ではだめなのです。「ローカル・グローバル」なのです。より「ここだけ」がある街、田舎を磨き世界とつながっている街、みんなが憧れるまちづくりをしたいのです。品格のある街・ふるさとに育てていきます。
品格のある人を育てるにはなるべく早い時期に良いもの・感動することに出会うことが必要です。子供の頃にそのようなものに出会った時、夢が生まれます。テレビを見ていて影響を受けることもありますが、五感で感じることの方が可能性ははるかに大きいのです。人は過去に見たり聞いたり体験したことに反応します。私の場合、なぜオルゴール館を始めたのでしょう。私は清里の仲間と一緒にまちづくり研修でスイス・オーストリア・西ドイツを旅行しました。そのとき一台のオルゴールと出会います。その時からオルゴールとの付き合いが始まりますが、実はその時が初めてではなかったのです。子供の頃、ポール先生が映画会を開き私も観ていました。その映画の中にオルゴールらしき物が出てきて、無意識のうちに記憶されていたのです。また、なぜ野外バレエの公演を始めたのでしょうか?子供の頃「八ヶ岳カンティフェア」という野外イベントが夏に開催されていて、広場に大きな舞台を作りいろいろな催し物が披露されてとても楽しかった覚えがあるのです。すべての行動は過去にインプット・チャージされた事や物から生まれてくるのです。だから小さな子供たちに本物を体験させたいのです。夢の選択肢が多ければ多いほどその人の持っている個性が生かされます。素敵な人に出会ったり個性を持った誇りある街で育ったり、平和な時代に育った人は幸せです。清里が将来そんな街になるためには小さな積み重ねの継続をして行くしかありません。だから皆さんに清里フィールドバレエを観に来ていただき感動してもらいたいのです。そのことが小さな子供たちが育っていくためのエネルギーになるのです。どうかそんなことを考えながら清里フィールドバレエに是非お出かけください。
夢中になれる物を持つこと、夢中になることが大切です。夢中になれなくて何かが手に入ることなどないのです。何かに夢中になった人だけが夢を手に入れられるのです。