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萌木の村マガジン

「何かを知ってもらうことや、知って喜んでもらうことが楽しいんです」——学芸員から飲食業へ・河西宏紀

2021

Oct

24

社員インタビュー

ROCKでは、もともと飲食店関連の勉強や仕事をしていなかったものの、巡り巡ってROCKにたどり着いて働いている人がいます。山梨県南アルプス市出身のホールサブマネージャー・河西宏紀もそのひとり。コロナ渦で日本中が影響を受けた2020年4月からROCKで働き始めたそうですが、ROCKで働く前の仕事はなんと学芸員!?なぜ、彼はROCKにやってきたのか。現在に至るまでのお話や学んだ美術、これからやってみたいことなどを伺いました。

きっかけは総支配人

―ROCKで働き始めたきっかけを教えてください。

 もともと萌木の村内にある、ホール・オブ・ホールズで学芸員として働いていたんです。あるときの社内研修で、総支配人の三上さんとお話しする機会があって、誘われる形でROCKにやってきました。

―学芸員ですか!学芸員から飲食業って大きく変わりましたね。いつからROCKで働き始めたのですか?

 ちょうど1年以上前の4月でしたね。新型コロナウイルスの影響で店内の営業を取りやめていた時期だったので、来た当初はそこまで忙しくはなかったです。初めての経験だったので、三上さんが舵を切って考えながら・・・というのが僕のスタートでしたね。

学芸員に至るまで

―冒頭で、ROCKに来る前はホール・オブ・ホールズの学芸員として働いていたとおっしゃっていましたが、何か専門分野があったんですか?

 美術史が好きで、東北大学大学院でヨーロッパの美術を専門に研究していました。大学院卒業後は、地元である山梨県で仕事をしたいと探していたら、北杜市長坂町にある清春芸術村で学芸員のパートの募集があって、そこで仕事をしていました。そこから、萌木の村のホール・オブ・ホールズの学芸員として移ったという流れですね。

―美術史が好きなんですね。どうして美術史に興味を持つようになったんですか?

 高校時代、通学路の途中に山梨県立美術館がありまして、その場所が好きでよく通っていたんです。当時、部活に所属していなかったので、最初は暇だったのでなんとなく行っていましたが、だんだん好きになってよく通うようになりましたね。美術館では館内の作品を鑑賞したりもしましたが、外の庭に置かれている作品なんかもよく見ていましたね。

―美術に携わっていると、自ら作品を作ろうと思ったりはしなかったんですか?

 美術は好きなんですけど、自ら作り出すと言うよりは、その作品自体がどのような影響を持ったのか、その作品の地域社会における役割について知るのが好きなんです。僕自身は作品を作ることが苦手でできないんですよね。作り手よりも、できあがっている作品をどのように語るかが好きですね。

―そうなんですね。美術史では、主にどの時代を研究されていたんですか?

 ルネサンス時代の美術について研究していました。教授に勧められて、研究していましたが、この頃の時代背景がとても興味深いです。それまでの中世ヨーロッパは宗教中心だったんですが、ルネサンス時代ではそこから脱却して人間中心となった作品が生まれて、近代の始まりともいえます。現代から見ても共感できる作品もあれば、オカルトチックな作品が残っていたり、混沌としている時代。どの角度から見ても面白いですね。

―ルネサンス時代美術に、今の時代と共感する部分とは具体的にどんな部分ですか?

 すごく難しいですね。今の時代に共通するのは、すごく個性を大事にしているということでしょうか。タレント性といいますか、作品におけるその人その人の個性を尊重している。例えば、ルネサンス時代に肖像画が一つの分野として確立しました。この時代以前は、個性を消した、平面的な作品ばかりでした。宗教、ヨーロッパではキリスト教の世界をいかに表現するかに重点が置かれ、個性はありませんでした。ですが、ルネサンス時代からは肖像画など、人間中心に描かれるようになりました。醜いものすら表現する。それが大事になった時代でしたね。

お気に入りの美術

―ルネサンス時代の美術を熱く語ってもらっていますが、この時代の作品で、制作された背景も含めて好きな美術はなんですか?

 いろいろあって難しいですね(笑)。僕は、主にミケランジェロを題材に研究してきたんですけど、中でも天井画はいいですね。礼拝堂の天井に・・・これは写真見せた方が早いですね。(タブレット端末を取り出し、礼拝堂の天井画を見せる)おそらく有名な作品なので一度は目にしたことがあると思います。こちらの天井画をはじめとする絵画群なんですけど、これが好きですね。

出典:バチカン美術館ウェブサイト

―あー!これは見たことがあります。

 システィーナ礼拝堂はバチカン市国の中にあるんです。バチカンはキリスト教の総本山ですね。キリスト教としては、本来、裸体は罪の象徴なんですよ。それをミケランジェロは、美しい肉体をそれこそ天井一面に描くということをしているんです。これは挑戦的で画期的な出来事なんですよね。当時批判もあったそうですが、彼は批判を恐れず、自分の新しい表現を誇示するという、そういう意味では非常にルネサンス的な作品と思いますね。先ほどもお話しましたけど、こうした作品が生まれたから作家自身の個性も重要になっていきました。それまでは偉い方に「これを描いてください」と言われて作品を作っていた。でも、この時代の作家たちは「自分のこういうものを描く」とむしろ、絵のパトロンたちにはっきり言い、自分たちが描きたいように描くようになりました。個性を重要視するようになったから、この時代から天才と呼ばれる存在が生まれ始めましたね。

学芸員の目線を生かして

―作品に対する愛があふれていますね(笑)。熱く語っていただいたところで、次の質問に入ります。そうした変遷をたどって、現在はROCKで働いていますが、「ROCKのここがいい」というところはありますか?

 忙しいときのざわざわした雰囲気も「ROCKらしい」感じで好きなんですが、ピークを過ぎた忙しくない落ち着いた雰囲気が好きですね。ついつい長居したくなるような。実はROCKで働く前は、プライベートで何回かお客としてROCKに来ていて、その時もちょっとのつもりが、落ち着いた雰囲気で長居してしまって、結局ラストオーダーまでいたことがあるくらいです(笑)。

―そうなんですね。確かにROCKにはさまざまな顔を持ち合わせているお店ですよね。お客様の目線でお話ししていただきましたが、逆に仕事としての目線で伺います。ROCKで仕事していて、今の仕事好きだなというところはありますか?

 お客様と接する中で、一声かけてくれるお客さんが多い。お客さんとコミュニケーションをとれるのは、僕のやりがいにつながっています。

―今、ちょうど歴代店長の連載もありますが、その話の中で「昔のROCKはこじんまりだったので、会話がしやすい場所だった。こちらから話しかけていた」ということがありました。そういう意味で、ROCKに来るお客さんの中にはROCKがお話ができる場所という印象があるのかもしれないですね。河西さんからお客様に話しかけることはありますか。

 基本的にはないですけど、料理を運んだときにお客様に一声かけて、そこから会話が弾むことはありますね。例えば、「コーヒーに付いているミルクは清泉寮のジャージーミルクです」と、お出しするときにお客様に一言かけていますね。

―何とお声をかけるんですか?

 「こちら清泉寮のジャージーミルクでございますので、よろしければお楽しみください」みたいなことを言うと、反応する方もいらっしゃいますね。そうすると、ROCKに来た方の中で清里が好きな方は「あの清泉寮ね」となりますし、清里を知らない人は「どこがすごいんですか?」と会話につながりますね。

―それはROCK全体での接客対応なのでしょうか?それとも河西さんご自身で考案されたのですか?

 自分で考えつきましたね。ただ料理を出すだけだと反応がないので、せっかくなら一声かけようかなと思ったんです。もちろん、忙しいと余裕がないので忙しくないときにしかできないですけどね。会話につながる確率としては10回やって、1回当たればいいですかね(笑)。

―なぜそのようにお声がけしようと思ったんですか?

 学芸員だった頃の話につながりますね。美術館での解説もですが、僕は他の人に何かを知ってもらうことや、知って喜んでもらうことが楽しいんです。だからお声がけをしようと思いましたね。お客様にただご飯を食べてもらうだけじゃなくて、料理のことを知って楽しんでもらうことを僕はやりたいかなと思っているんです。

美術の作品で言えば、「この作品はこうで、こうなんです」と話をしていました。ROCKでは「この料理はこうなんです」って話をするんです。とはいえ、僕の美術と飲食の知識量に雲泥の差があるので、なかなか、ROCKで経験を活用しているとは言いがたいんですけどね。

―学芸員の仕事をされているときから、お客様にどう楽しんでいるかを考えて仕事をなさっていたんですね。他にはどのようなお声がけがありますか?

 僕が話をしていて、お客様からの反応が多いのが、「はくれいだけのグリルバター醤油」(※現在メニューにございません)ですね。

この料理に使われる白麗茸は、僕が調べた情報だと、もともと中国の高山地帯でしか採れなくて、幻のキノコともいわれているそうです。こんな感じの話を料理を出すときにちょっと入れるだけで、お客様からの反応が違います。お客様に「あれ、もしかして珍しい物なのかな」って興味を持ってもらえるので。料理を食べてもらうだけじゃなくて、知ることで楽しんでもらいたいです。

―へー、そうなんですね!ちなみに、白麗茸はどんなお味なんですか。

 すごく肉厚で歯ごたえがある感じです。是非食べてほしいですね。

これからやってみたいこと

―最後に伺いますが、これからやってみたいこと、挑戦してみたいことは何かありますか?

完全に妄想とか夢に近いんですけど、萌木の村のガーデンで美術の屋外展示会とかやってみたいですね。八ヶ岳とか清里にゆかりのある美術家なんかを呼んだ展示会ですね。以前、萌木の村にあるガーデンをどう生かすかということを考える会議みたいなものがあって、そこに参加したんです。その時思いついたんです。

今、オランダなどヨーロッパでは作品を美術館内ではなく、屋外の青空の下で写真や立体作品を鑑賞するのが流行しているそうなんです。なかなか斬新で面白いかなと思うんです。萌木の村はいいロケーションだし、萌木の村に足を運んで作品の良さを感じてもらえるものが作れたらいいですね。

―夢があっていいですね。今日はありがとうございました。

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