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萌木の村マガジン
京セラの創業者であり、日本航空の経営立て直しに尽力された稲盛和夫さんが亡くなられました。実は、稲盛さんにはお目にかかったことがあります。共通の知人である、ハリウッド美容専門学校の山中理事長が稲盛さんの勉強会を企画されていて、何度か参加させていただいたからです。
この勉強会は稲盛さんと山中さんの出身地である鹿児島県と宮崎県の在京財閥界の方々や、20〜30歳代の若い方達を育てるためのものでもありました。
最初に稲盛さんがお話をされ、その次にゲスト、その次に若い方たちが先輩方と自由に交流をするという、全く堅苦しくない勉強会でした。しかし、こうした方法で“若い人たちを育てていくのだな”と感心した記憶があります。勉強会では、我が萌木の村で醸造している八ヶ岳ビール タッチダウンを飲んでいただきました。
私自身も20〜30代の頃は、社会的地位のある先輩方が支えてくださいました。そのような方々の応援があったおかげで、厳しいとき、苦しいときを乗り越えることができたのだと思っています。山中さんが企画した稲盛さんを囲む会は、人と人とのコネクションを大切にするという意味に“芋づるの会”と名付けられました。会に参加した若者たちは、ここで語り合った経験こそが、きっと社会に出てから大きな役割を果たしたのではないかと想像しています。その経験があったからこそ、稲盛さんと同じように次の世代の若者たちへとタスキを渡して行ってくれるのだと実感しています。私自身、あのハリウッドプラザで開催された“芋づるの会”を、まるで昨日のことのように鮮明に思い出しています。
稲盛さんは、「人間として大切である」というテーマをたくさん話してくださいました。人のため、社会のために謙虚であれ、前向きであれ、と若い人たちに話しかけていました。同じ言葉でも、私が話すのと稲盛さんが話すのとでは重みが違います。同様に、ただ稲盛さんの著書を読むのと、直接お目にかかり本人の口から発せられた肉声を聞くのとでは、全くインパクトが違います。稲盛さんの言葉は、心に深く刻まれています。
若い時代にどれだけ素敵な人に出会うことができるかで、その後の人生に大きな影響があると思っています。若者たちは、出来るだけ素敵な先輩に出会うべきです。私も若者たちから「素敵な先輩ですね」と呼ばれるようになりたいと思っています。
ただ、残念ながら稲盛さんのような素敵な先輩たちがどんどん少なくなっています。清里も全く同じです。もう一度初心をしっかりと確認し、「素敵な先輩」と呼ばれるようにならなければいけないと強く認識した次第です。
改めまして、ご冥福をお祈りいたします。
萌木の村村長