マンスリー上次さん 2022.6月号

石積みのプロフェッショナル「穴太衆」

私はここ10年間、石垣が気になって気になって、意識がそちらに飛んでしまうのだ。「石積み」と聞くと、わざわざ見学にも行った。戦国時代〜明治・大正時代に作られたお城の土台や城壁のような、頑丈で優美な石積みは現在ではほとんど作れないだろう。経済的変化、道具の変化、材料調達などの面で難しいのだ。

でもほんのわずかだが、昔の伝統を受け継ぐ小集団がいる。穴太衆（あのうしゅう）の人たちだ。延暦寺の門前坂本（明智光秀がお城を築いた地）で受け継がれていた石積み技術。織田信長による延暦寺焼き討ちの後、再建ができないようにするため石垣まで破壊するように信長が命令した。

しかし穴太衆が積んだ石垣は壊せなかったという。その実話が広がり、多くの大名から取り立てられてその技術と名前は全国に広まっていった。しかし、近代になるとコンクリートの普及により大規模な石垣の必要性がなくなり、その技術と名前は下火になっていった。

萌木の村独自の石積み

当然、我々のような零細企業が大名と同じ石垣を組めるはずもない。ところが輿水章一さんがこの10年で知識を蓄え、経験を重ね、独自の石積みを生み出してくれた。

章一さんは図書館に通い文献を探し出し、穴太衆の野面積み（のづらづみ）を学んだ。現代の機械技術と、章一さんの石の目を読む経験を活かし、規則性がなく癖の強い八ヶ岳の玄武岩などを材料に、誰もやっていない石積みをしてくれているのだ。

穴太衆の石垣を発注した甲斐小泉の女性が、章一さんの石積みを見て「すごいことをやっていますね」と、驚きと絶賛の言葉をかけてきた。穴太衆の石積みは、石垣の角度や重力の分散方法、表石の裏に使われる栗石の層の厚さによって水捌けをよくする設計がされている。大きな特徴は、たくさん集めた石を全て見定めて、最初からどの石をどこに使うのか設計されているらしい。

石積みを始めた頃の章一さんの石積みは、八ヶ岳農地開拓時に出た不要な石を加工せずにそのまま積んでいた（乱積み）。しかし、この方法ではコンクリートを使用しないので安定しない。章一さんは独学で、寺院や城郭の石積みを学んだ。材料は八ヶ岳の石にこだわり、コンクリートは使用せず自然石のみ使う。人足は章一さんと弟子の深澤くん、それに私の3人。昔の道具はないので、電動ドリルなどを工夫して使っている。

技術と勘の“輿水章一積み”

まずは石の目を読む。ここにクサビを入れたらどの方向に割れるか推測する。そして特殊ドリルで、直径2.6cmの穴をいくつか空ける。

穴に均等にクサビを打ち込むと、パカリと割れる。ただし、意に反する割れ方をすることも多く、成功率は半分程度だ。石垣を見ると、ドリルの穴の痕跡が残っているので想像できると思う。

今まで使ったドリルの刃は200本以上。あのような模様の入った石垣は、他には見たことがない。穴太衆の穴太積みを目指して、揃う材料と人足と道具で穴太積みを目指したのだ。今まで使った石は約5,000トン。見えている石とは別に、裏に栗石として詰めている石がほぼ同量。輿水章一積みと呼べる独自のものなのだ。

いつか失われる萌木の村だけの技術

萌木の村の石積みが完成した後、このような石垣は必要とされなくなる。さらに輿水さんや私は年齢を重ね作業ができなくなる。

せっかく確立された章一積みの技術や勘は失われていく。章一さんの石積みは、唯一、清里・萌木の村だけのものになるのだ。城郭の石垣のように見た目や強度はパーフェクトではない。しかし、無骨で不規則でこの時代に章一さんがいたからこそできた石積みなのだ。100分の1、いや、1000分の1かもしれないがこの作業に関われたことが人生の誇りになってきた。二度とこのような石積みがされることはないだろう。

だから見てもらいたい。10年間共に積み上げた輿水章一さんとその仲間の、素朴ではあるが着実で堅固な実績を！

最後に、以上の内容を章一さんに伝えた時の彼の言葉を掲載する。

「萌木の村の石積みは、山野草ガーデンに立体感や奥行きを持たせるために作っている。主役はガーデンだよ。偉そうに石垣がメインになっちゃいけないんだ。」

萌木の村村長