BLENDER FILE NO.2

肥土 伊知郎氏

輿水精一氏に続き、清里フィールドバレエ記念ウイスキー26th27th28th29th、そして31st32nd33rd34thMoegi50thと秀逸なる限定ウイスキーを出し続けているのが、イチローズモルトで世界に知られた肥土伊知郎氏です。秩父という地で躍進を続ける肥土氏の想いを伺うべく、萌木の村社長舩木がベンチャーウイスキー秩父蒸溜所を訪ねました。

株式会社ベンチャーウイスキー
代表取締役社長

肥土 伊知郎

Ichiro Akuto 
 
 
 
 
 

萌木の村株式会社
代表取締役社長

舩木 上次

 Joji Funaki

 
 
 
 

株式会社ベンチャーウイスキー
代表取締役社長

肥土 伊知郎

Ichiro Akuto 

萌木の村株式会社
代表取締役社長

舩木 上次

Joji Funaki

舩木の熱意に根負けして清里フィールドバレエのウイスキーづくりを引き受けたという肥土氏ですが、そこに向かう姿勢は常に真摯なものです。すでに閉鎖された羽生蒸溜所と川崎蒸溜所の貴重な原酒を贅沢に使った作品群、そして試行錯誤の末にバレエのストーリーを見事に映し出した作品群。それらはウイスキー愛好家たちを驚かせ、萌木の村のウイスキーはいつしか〝清里の奇跡〟と呼ばれるようになりました。

★スペシャル対談の残りは冊子「萌木の村スペシャルウイスキー」でお楽しみいただけます。(Bar Perchでお尋ねください。)

1万2千樽の中からイメージに合うものをチョイス

舩木バレエの物語のイメージからウイスキーをつくるというのはすごく苦労するようですね。
肥土:まずは原酒選びですが、頭の中にあるものからこれが良さそうだとチョイスする、それが例えば2年前にテイスティングしたものだったりします。今1万2千樽ストックがあって、定期的にどんどんテイスティングをしているのですが、イメージ通り熟成しているか改めてチェックします。そしてブレンドを何度もやり直してからやっと完成、となります。それが面白くもあるというか……。
舩木:面白いと思うなあ。そこにちょっと関わらせてもらっているだけでもこちらは嬉しいです。
肥土:ウイスキーというもの自体歴史があって、どういう場所でつくられたのか、原料は、樽の種類はとバックグラウンドをしっかり理解しながら飲むと、より一層美味しく感じられる飲み物だと思います。
そこに今度は、バレエという「ストーリー性」が入ってくることで、ウイスキー飲みにとってはさらなる楽しさが広がるのではないかという気がます。 

質のいいものを体験して感性を磨く

舩木:感性が豊かな人でないと、ブレンドというのは難しいんじゃないでしょうか。
私は清里が農業と観光だけになったときに、感性豊かなクリエイティブな人たちが集まってくるような街にしたいと思ったんですね。清里の開拓でポール・ラッシュという人は、そういうことをやろうとしていたんだと思う。創造的な人たちがいないと、そこに誇りが育たないんですよ。ウイスキーはまさにそこと結びついているんじゃないかと思いますね。
肥土:感性を磨く、ということで言うと、私はこの会社を立ち上げるときから仕事一筋というかウイスキーのことばっかり考えていてその他のことにはまったく見向きもしていなかったんですね。
ですが最近になってちょっとご縁もあって、音の世界がものすごくウイスキーのブレンドに近いものがあると気が付いて。ミュージシャンが最高の音を出して、スタジオの方がそれを最高の組み合わせにしてひとつの作品をつくっていく、その音を聞かせてもらったときにすごいなと、こんなにウイスキーと共通性のあるものが世の中にあるんだと感じたんですね。
味も香りも、耳から入る音も感性ですから、そうやっていい音楽を聴いたりエンターテイメントを体験したりして感性を磨くことで、どれかだけでなく五感全体のパイが大きくなるような気がしてきたんですね。それで私も遅ればせながら、感性を磨けるような世界を勉強しようと思っています。
舩木:ウイスキーも、質のいいものにたくさん触れると感性が育っていくんじゃないですか?
肥土:いろんな体験をしていくと、例えば昔と同じものを飲んでもそこから引っ張り出せるものが多くなるというか、感じ方が変わってくるかもしれないです。
舩木:あれっといういい出逢いが重なってくると、人はくだらないことをやらなくなる。私はそう思います。

地域づくりはチームで行う

肥土特に自分の下の世代はまだまだ若いですから、彼らにも人として何かをエンジョイすることを仕事と同時にやってもらって、五感を刺激してほしいです。それがブレンドにもきっといい効果があるだろうと思っています。
後輩たちを育てるのも自分の仕事ですから。
舩木:育っているのがすごいですよね。伊知郎さんはひとつのことを極めているのでそこから広がっていく。
肥土:極まっていないんですがね。自分の場合には、イメージでウイスキーをつくる、というところで一生懸命解釈をしてパワーを注ぎ込んでやっているわけですが、それが自然に、頭の中にわあっと原酒構成が浮かんでくるようになったりしたら素晴らしいですね。
自分一人のイメージには限界があるので、ディスカッションをしながらアドバイスももらってやっていきたいです。全体の底上げを図っていかないと。
舩木:地域づくりは一人勝ちではなくて、チームだと私は思っています。そこに大企業との違いがある。
ポール・ラッシュはそういう意味も込めてアメリカンフットボールを日本に紹介したんじゃないかな。アメリカンフットボールにはスーパースターもいるけど裏でディフェンスだとかいろんな仕事をやっている人間がいる。それら全部がチームとしてひとつのところに向かっていくというか。
秩父というチームにはいろんな酒のエース級の人が集まって、日本では稀にみる地域づくりが始まっていてすごいなと思います。

長い時間軸を持ち、後に何を残せるかも考える

肥土:秩父蒸溜所としては、ブレンドもしっかりとしたものをつくっていくけれども、売れるからどんどん在庫を減らすのではなく、将来的にはウイスキーそのものの味を深めていきたいというのがあります。ウイスキーはやっぱり熟成の酒なので、長期熟成ならではの味わいや香りを楽しんでいただきたいです。
舩木:ウイスキーづくりの人は皆、長い時間軸で考えますよね。
肥土:先輩たちが残してくれた原酒を今私たちが使わせてもらっていて、自分たちがつくっている原酒は自ら使うものもありますが、自分ががいなくなってから活躍する原酒も残していかなければと思います。
舩木:萌木の村の庭づくりでいうと、私は自分がいなくなった30年後に評価されて花開いているのを想像しながら今を生きているという感じですね。経済性と効率ばかり求める時代ですが、そういうものでない価値を残していきたいと思うんです。
肥土:世の中も少しずつ変わってきているかもしれないですね。最近でいうとSDGsなんかも1年でどうこうというのではないですよね。
よく10年もののウイスキーなら10年かかると思うじゃないですか。でもウイスキーを熟成させる樽の木は樹齢100年。長いものだと200年近いですから、実はその間の自然の恵みをいただいている。
100年ものの良質な樽材を産出できる山を今後も残していくためには、山に手を入れることも大事なようです。樹齢の長い木を伐って山に光が入ることで、若い木が成長する。そしてそのときに一番CO2が吸収されるそうです。
舩木:庭づくりでも、若いパワーを育てるために剪定が大事だと聞きます。荒れていく森をつくっても仕方がない。微生物だけで育つ庭は元気です。
ウイスキーと付き合っていると、将来役立つ何かを自分が今残せるかとか、長い時間の流れというものを感じさせてもらえますね。

Feb.2022

PROFILE

肥土 伊知郎 あくと いちろう

1965年埼玉県秩父市生まれ。東京農業大学農学部醸造学科卒業。サントリーに入社し営業職に就くが、29歳で家業の造り酒屋へ。2004年に営業譲渡が決まり廃棄の危機にあった約400樽のウイスキー原酒を引き取り、福島県の笹の川酒造の貯蔵庫を借りてベンチャーウイスキーを立ち上げる。2005年イチローズモルトの販売開始。2008年秩父で自社蒸溜を始める。イチローズモルトの評価は常に高く、世界で最も権威のある品評会「ワールド・ウイスキー・アワード」で通算6回の世界最高賞を獲得。2024年Whisky Magazin社のHall of Fameを受賞、ウイスキー業界を牽引し続けている。