BLENDER FILE NO.1

輿水 精一氏

世界屈指のブレンダー輿水精一氏が、萌木の村社長舩木の熱い想いに応えて特別に手掛けた「清里フィールドバレエ25回記念ウイスキー」。世のウイスキー愛好家を騒がせたこの作品が、〝萌木の村スペシャルウイスキー〟の皮切りとなりました。ともに山梨県出身、同年齢のふたりが、このウイスキーにまつわる思いをBar Perchで語り合いました。

萌木の村株式会社
代表取締役社長

舩木 上次

Joji Funaki
 
 
 
 

サントリースピリッツ株式会社
名誉チーフブレンダー

輿水 精一

Seiichi Koshimizu

 
 
 
  

萌木の村株式会社
代表取締役社長

舩木 上次

サントリースピリッツ株式会社
名誉チーフブレンダー

輿水 精一

自然とバレエとがひとつになって人々を魅了する清里フィールドバレエ。その25回記念ウイスキーを、「清里と同じ山梨県北杜市にあるサントリー白州蒸溜所のウイスキーでつくってほしい」というのが舩木の依頼でした。
それに応えて輿水氏は、透明感に溢れ、森の印象が漂う「白州」の25年ものの樽を厳選。ところがバレエの華麗なイメージだけではなく、踊り手の躍動感、バレエを観て感じた新鮮な感動といった力強さまでを表現したいと、さらに山崎1960年ミズナラ樽をはじめとする大変貴重な原酒をブレンドし、比類なきウイスキーが完成しました。

★対談の前半部分は冊子「萌木の村スペシャルウイスキー」でお楽しみいただけます。(Bar Perchでお尋ねください。)

フィールドバレエというイメージを酒で表す

輿水:ウイスキーという酒は、「こんなものにしたい」というつくり手の想いや求めている世界観がまずあって、相当人の手がかかって出来上がる。そうした意味で、ビールやワインといった他の酒とかなり差別化できるものではないかと思います。
新しいウイスキーをつくるときに、ブレンダーによってはいきなり香りや味を決めるのではなく、まず色だったり、音楽だったり人だったり、いろんなイメージを頭に浮かべてから、それに対してどんな香りに味にと細かい部分に思いを馳せていきます。すると今回の清里フィールドバレエは、そのものが現実にあるわけですからイメージとしてすごく入りやすかったですね。

つくり手と飲み手とのふたりだけの〝会話〟

輿水:清里フィールドバレエ25thをどう飲んでほしいかと聞かれると、まずはこのBar Perchを思うんですね。暖炉があって、ゆったりとした時間の中で、ストレートで。相当複雑なブレンドなので、スプーン一杯水を加えただけでも時間とともに変化していく。それをじっくりと愉しんでもらいたいです。
舩木:ものすごいハイスペックの酒ですからね。
輿水:モルトウイスキーにしてはかなりの手が込んだブレンドというか、白州25年といったものがベースで、さらにシェリー樽とかホワイトオークの樽、ミズナラ1960年だとか……。
舩木:幻中の幻!
輿水:たくさん入れられるわけではないですが、少量入れるだけで、全体の味や香りを引き締めるというものがあります。
舩木:一滴で全体が変わるそうですね。中にはそれを感じる人がいる。ウイスキーというのは〝感じる力〟なんだと思います。感じる人たちは、飲んでいって次から次へと違う味を探っていく。探るのが楽しいらしいです。
ブレンダーの方は、隠した味を感じてもらうのがまた楽しいらしいですね。
輿水:その辺は、つくり手と飲み手が競争するわけです。舌の肥えたというのか、今までいいものを体験してきた人ほど、我々がちょっとひねったところを何となく感じてもらえる、それはそれで嬉しいですよね。
舩木:つくり手と飲み手のふたりだけで、そういう〝会話〟をしているんですね。
輿水:はい。ブレンダーも飲み手によって鍛えられています。

飲み手全員からここまで高評価が出るのはレア

舩木:当時「ウイスキー通信」という専門誌(スコッチ文化研究所刊)があって、その企画で8人の飲み手がいろいろなウイスキーをテイスティングしたんですね。その中で、清里フィールドバレエ25thには、ほぼ全員が90点以上という信じられないような高い点数を付けたんです。

ウイスキー通信No.23

今までサントリーさんで出したウイスキーでもそこまでのものがなかったのに、萌木の村で出したウイスキーですごい高得点が付いたんだから、風当たりが強かったんじゃないかと思いますよ(笑)。
輿水:確かに、ウイスキーのような〝嗜好品〟で、こうした評価が下されることは少ないですね。例えば酒類コンペティションのISCのように、世界の会社のマスターブレンダーばかりが集まる場だと、つくり手としての感覚で意見が一致して本当にいいものが評価される。けれどもこれは、完全に飲み手側の評価。そこで全員が高い評価を出すというのは、実はものすごくレアなことです。
つくり手とはまた違う、コアなファンや飲み手の評価をブレンダーは意識せざるを得ないですから、嬉しい反面、「響」ではそれを言われていないんだからちょっと寂しくもある(笑)。

ブレンダーとしての自己評価

輿水:自分としてやり切ったという思いはあるのですが、どこまで行っても100点というのはないんです。ただこれは、私の仕事の中でも最後の部類に入ります。
いつも仕事をしていると、商品として不足はなくても「本当はここはもっとこうしたかった」というのがいろいろと出てくるものです。それを踏まえた上で、次の商品化をします。チーフブレンダー1年目よりは5年目、10年目と、いろんな経験が積み重なって、私自身ちょっとは進化したという思いがあります。
このフィールドバレエ25thは、私が現役のチーフブレンダーを退く直前(2014年)の仕事ですので、それまでの経験の全部が詰まったものと言えます。
舩木:こちらとしてはとてもラッキーなタイミングでつくってもらいました。
長年ウイスキーづくりをしてその都度進化していくのだろうけれど、節目になるものというのがある。これは節目のウイスキーじゃないかと思うんです。
輿水:新しいものをつくるということは、自分が今までやってきた仕事をある意味否定して「もっとこういうものを」と求めることですよね。このようにプライベートで制約がない〝フリーハンド〟でつくれるウイスキーは、大きなきっかけになりやすいのではないかと思います。やってみて初めて、思ってもみなかったブレンドが発見できて、いろいろわかるということがありました。

一生のうちに何回感動したか、それが豊かさ

舩木:本当にすごいものができましたね。限定品だから飲んでしまったらそれでもう終わり、一期一会。
輿水:現役のブレンダーが同じものをつくろうとしても、もう再現できないものですからね。
舩木:私は残念ながら酒が全く飲めないので、皆の話を聞いて頭の中で味を想像しています。ここでウイスキーを飲んで涙するくらい感動してしている人を見ると「ああ、幸せな人だなあ」と感じます。
人間は、一生のうちに何回感動したかが大事ではないかと私は思うんです。バレエにでも、食べ物や飲み物、人にでも、何かに感動した数、それが豊かさだと思っています。ウイスキーの飲み手にとって、これが〝感動貯金〟のひとつになるのだとしたら、すごいことですよね。 

Feb.2022

PROFILE

輿水 精一 こしみず せいいち

1949年山梨県甲府市生まれ。山梨大学工学部発酵生産学科卒業。1973年サントリー株式会社(当時)に入社。貯蔵・熟成の研究などを経て1991年ブレンダー室へ。1999年4代目チーフブレンダーに就任。世界的な酒類コンペティションInternational Spirits Challenge(ISC)で最高賞を4度受賞した「響30年」をはじめ「山崎50年」「白州25年」など多くのウイスキーの開発・ブレンドに携わる。2004年日本人初のISC審査員に就任。2014年名誉チーフブレンダーに。2015年Whisky Magazine社のHall of Fameに欧米人以外で初めて選ばれ〝ウイスキー殿堂入り〟を果たす。
関西大学客員教授、山梨大学客員教授、やまなし大使。

舩木 上次 ふなき じょうじ

1949年山梨県・清里生まれ。清里開拓の父、ポール・ラッシュ博士の薫陶を受けて育つ。1971年日本大学法学部を中退し、清里初の喫茶店ロックを開店。1977年萌木の村株式会社と改組し、社長に就任。バブル期に清里ブームが訪れるも乱開発の潮流に異を唱え、自然と共生する真に文化的な地域づくりを志して、ホテル、オルゴール博物館、清里フィールドバレエ、地ビール醸造所、記念ウイスキー、ナチュラルガーデンなど萌木の村の数々の事業を率いる。
2003年内閣府より観光カリスマ百選「開拓魂のカリスマ」に認定される。
山梨県立大学特任教授、佐藤西武文理学園理事、スペシャルオリンピックス日本・山梨顧問、財団法人KEEP協会理事。